2015年11月 楽しくシナリオ道場
課題「相手のハートをガッツリ射とめるセリフ」
7枚シナリオコンクール 光ってる★シナリオ賞 最優秀賞

迷鳥禁断調(まよいどりきんだんのしらべ)作:和泉柊志(76期生)

河越屋夏(17) 大店の娘
河越屋希兵衛(21)大店の次男 夏の兄
女中

○高麗橋通 (夜)
   大店が建ち並ぶ中に『河越屋』の看板。
   T「元禄十七年(西暦1704年)大坂・高麗橋通」

○河越屋・母屋・縁側 (夜)
   女中、走り回りながら、
女中「お夏様! お夏様!」
   河越屋希兵衛(21)、来て、
希兵衛「どないした」
女中「お夏様が、居りませんのです」
   希兵衛、夏の部屋の障子を開ける。掛けられた花嫁衣装が、夜風に揺れる。
希兵衛「……」
   家の人々が「何の騒ぎや」「どないした」と集まって来る。希兵衛、そっと去る。

○河辺の土手 (夜)
   月明りに煌めく水面。梅の花弁が舞う。
   希兵衛、来て、斜面に人影を見付け、そっと近付く。人影は河越屋夏(17)。
夏「もうすぐ、渡って行くんや」
   水際に鴨の群れ。
夏「やけど、鳥は迷わんと、又戻って来る」
希兵衛「……」
夏「待ってた。兄さまは、ここに探しに来る筈やから」
   希兵衛、夏の肩に手を掛け振り向かせ、
希兵衛「ええ加減にせえ」
   と、頬を叩く。夏、睨み返す。
希兵衛「最初は好きになれんでも、過ごす内に情が湧く。夫婦とはそういうもんなんや」
夏「嫌や」
希兵衛「甘えんな」
   と、腕を掴む。夏、振り解こうとして、躓きよろめく。希兵衛、抱き抱える。
夏「好いとる人と一緒になりたい」
希兵衛「やからそれは」
   と、両手で夏の肩を押えて引き離す。
夏「何で。何で、兄さんを好いたらあかん」
希兵衛「道理や。鳥も道理に従い迷わず戻る」
   夏、身を翻し、背を向け、
夏「しゃあないんか」
希兵衛「しゃあない」
夏「来世」
希兵衛「来世?」
夏「来世では、兄、妹にはならんやろ。探す。兄さんの生まれ変わりを」
   「お夏様」「お夏」と捜索の声。希兵衛、声の方を見る。提灯の灯が揺れている。
希兵衛「ほな、今生では道理に従うて、嫁に行くんやな」
夏「嫌や」
希兵衛「!」
夏「さき行って待ってる」
   と、土手を下り、河へ入ろうとする。
希兵衛「あほ」
   と、跳びつく。抱き合って転がる二人。鴨の群れが飛び立つ。
   「誰かおるぞ」の声と共に、提灯の灯が向かって来る。
夏「何度連れ戻されてもおんなじや」
希兵衛「……」
夏「ごめん」
希兵衛「……」
夏「何で。何で私、こんなんやろ。何で私一人だけ、道理に従えん迷い鳥なんや」
希兵衛「……」
夏「幸せになりたかった」
希兵衛「……」
   希兵衛、夏を抱きしめる。近づく提灯。希兵衛、立って夏の手を引き走り去る。