2016年12月 楽しくシナリオ道場
課題「仕事もお金も失った、でも彼女への愛だけが真実だと気づいた男のプロポーズ」
7枚シナリオコンクール 光ってる★シナリオ賞 最優秀賞
明日に漕ぎだすブランコ 作:北川由美子(79期生)
青谷風馬(35) 会社を倒産させた元社長
糸川桜(30)その恋人
○国見児童公園・中(夜)
ひと気の無い公園で、無精髭を生やした青谷風馬(35)が俯き、月明かりに
照らされたブランコに座っている。
近づいて来た足音が青谷の前で止まる。
青谷が顔を上げると、目の前に、ショルダーバックを持ち、スニーカーを
履いた糸川桜(30)が立っている。
桜「随分と捜したの。一か月もどこに居たの」
青谷「行く所なんてどこにも無いさ……。桜も俺の会社の事、聞いてんだろ? 信頼してた社員に、得意先もエンジニアもごっそり持って行かれて潰しちまったって」
青谷は鼻で笑い、隣のブランコを指す。
青谷「折角来たんだ。まあ座れよ。生憎、もう、こんな椅子しか用意できないけど……。それでも思いっきり漕げばスッキリするぜ」
桜「(口ごもって)今は……、乗りたくない」
青谷「そうか……。そうだよな。これが今の俺に用意できる精一杯の物だけど、こんな椅子じゃあ、それが普通の反応だよな」
桜「そうじゃない! ねぇ一緒にやりなおそう」
青谷はブランコに立ち、勢い良く漕ぐ。
青谷「他人事なら、簡単に言えるよな」
青谷はブランコから飛び降り、桜の前に立ち、歪んだ笑顔を見せる。
青谷「やり直すってさ、一体どうやって? もう俺は何も持って無いのに。なのに俺の代わりなら掃いて捨てるほど居るってのに!」
桜「そんな言い方しないで! 風馬以外、代わりの無いモノだって有る!」
青谷は縋りつく桜の手を払う。
青谷「そんなモノ、どこに有るんだよ!」
青谷は桜を突き飛ばす。桜は尻もちをつき、哀し気な目で青谷を見上げる。
桜「(沈んだ口調で)もういい。そうやっていつまでも自分を憐れんでたらいい……。そんな風馬と一緒に居たら……、私まで大切なモノを無くしちゃう……」
桜は立ち上がり持っていたバッグを青谷めがけて投げつけ、青谷に背を向け歩き出す。
青谷は飛んで来たバックを躱す。バックはブランコに当たり中身が散乱する。
青谷は、キコキコと音を立てて激しく揺れるブランコを見つめる。
ブランコの周囲に散乱する小物の中に、ピンク色の小熊の柄の手帳が有る。
青谷は、手帳の表紙に、『母子手帳 母・糸川桜』と書かれているのを目にする。
青谷は、驚きに目を見開いたまま立ち竦み、その後、手加減の無い力で自分の頬を二度殴りつける。
青谷は、手帳を鷲掴みにし、桜の背中を追いかける。
○国見児童公園・出口(夜)
青谷は桜に追いつくと腕を引き、振り向かせる。
振り向いた桜は唇を噛み、目を赤くして滂沱の涙を流している。
青谷「やっぱ俺以外、代わりの無いモノなんて簡単には見つからない。けど俺が俺以外の誰にも譲りたく無いモノなら見つかった」
青谷は桜に、母子手帳を差し出す。
青谷「桜と子供は誰にも譲りたくない。譲れない。だから俺の家族になってくれないか」
桜は涙を流したまま、青谷を見つめる。
桜「(涙声で)じゃ次、ここに来るときは、今日乗れなかったブランコ、家族三人で乗れるね。その為にも、パパは頑張らなきゃあね」
青谷は、真っ直ぐに桜を見つめ大きく頷く。桜の涙が、母子手帳を濡らす。