アネモネ 作:島ちゑ

 るんっるるっる、るんっるるっる、るんっるるっる、るんっるるっる、ひょぅ、ひょぅ! ゆるんでたわんだ五弦がシンバルンにあわせ舞曲を奏でる森の真夜中、梟と蝙蝠が乱舞してる。るんっるるっる、るんっるるっる、ほぉぅ、ほぉぅ! 怖い、追わないで! と耳を塞ぎ森を駈け戻り泣き濡れ眠っていたら、ベッドの隅にアネモネが影のような哀しみを湛え、膝を組んで佇んでいた。ほそぉい螺旋のシガァからはまぁるい煙が勾玉になってゆく。黒いスモック、黒いビロゥドのサルエルパンツに先のぴゅぅんと翻ったパープルの靴をはいたアネモネは、眸は澄んで鼻すじはノォブル、透明な桜貝色の唇をしてて、ブルーグレィの絹の髪がさらさらさらさらくるんでる。アネモネは魔法の綴れ織りに乗ってやってくるわたしの美少年。涼やかに翳る眸でシーツの窪みを視つめ、恋に、人生に、愛に、駄目なわたしの髪をアネモネは撫でてくれ、わたしはふたたび眠りにまどろんでゆく…

 竈では砂鉄色のエプロンをした鷲鼻のお婆さんが大きな水甕を頭に乗せて腰をまげて運んでた。アネモネとわかれたのは満月のむこうの煉瓦づくりの娼館。一緒に死のうって約束したのにアネモネだけが死んだ。それからずっとアネモネはわたしの傍にやってくるようになった。でも、こなかったときがながぁいあいだ、あった… 

真夜中に梟と蝙蝠が狂舞してヒースが靡くこの丘で独りはもう厭と思ってたら部屋に恋人がくるようになった。わたしは色とりどりの花びらをまいにち食卓に並べた。それでも足りなくてそこかしこに花びらを敷きつめた。赤、青、カシス、ヴァガンディ、ミルク色… そして綺麗になりたくて薔薇色の口紅は減っていった。るんっるるっる、るんっるるっる、ひょぅ、ひょぅ! 薔薇色の女に紅は要らないはずのに、そのあいだアネモネはどこにいたのと、わたしは捜すどころかあらわれるなっと弓矢を構え、壁のなか? 鏡のなか? 独り寂しく蝋石で円を描いてた? お願いアネモネ、でてきて、と叫んだ時にはずいぶん時が経っていて、――駄目だよ、花びらは僕、と綴れ織りに乗ってやはりあらわれたアネモネはわたしを睨んだ。あなたは少年のままだけれど、わたしはもうお婆さんなのよと言うと、駄目なんだよ、僕が花びらさ――、とくぐもった自惚れ鏡のなかでくるり振りむいた厚化粧のお爺さんの男娼は、アネモネ? それともわたし? はみでた口紅が哭いている。るるるるる…