「八百八橋にはドラマがある!」その9

~商人の町大阪にはこんな素敵な場所がいっぱい~

壮麗なる十三大橋

かつて大阪が東京を抜いて、大・大阪として日本最大の都市になった時代がありました。大正十四年の事です。その時代に計画された橋が十三大橋で、豊中から池田へと抜ける能勢街道を大阪池田線(現在の国道176号線)として広げた際に架けられたものです。シナリオ・センター大阪校から一番近い橋ですが、さすがに屋上からでも見えませんでした(笑)

工業都市大阪に恥じないものをと、大量の鉄鋼を使って職人や技師たちがたった二年でこの巨大な橋梁を作り上げました。一つが65メートルあるアーチは、五連になって新淀川をまたいでいます。阪急電車側から見ると巨大なアーチが連なっているのが分かります。

五連アーチの十三大橋

十三の渡し

現在とは違ってかつての十三には橋はなく、『十三の渡し』と呼ばれた渡し舟が運行されていました。十三は下関からの中国街道と池田からの能勢街道が交わる要衝でもあり、船による物流が栄えていました。人や物流の拠点となり、大阪に行く前の休息地として旅籠や十三焼きと言われた焼餅屋なども賑わっていたそうです。

現在は新淀川ですが、渡しがあった頃は旧・中津川が流れていました。しかし、交通の要衝であると同時に、水害も多い土地でもありました。明治18年の大水害をきっかけに、治水が見直されることになります。曲がりくねった中津川を直線にして新淀川が誕生していくのでした。  また中津川の大部分が埋め立てられたことで、土地が増えて人が集まってくるようになっていったそうです。明治43年ごろには箕面有馬電機軌道(現在の阪急電鉄)において、宝塚と梅田を結ぶ線路が延伸されてターミナル駅としての十三駅が誕生しました。

十三渡し跡

十三とハリウッドスター

 十三は新淀川を望む素晴らしいロケーションですが、まだ映画などの舞台にはなっておりません。しかし、あの大スターを育んだ場所でもあります。その人物とは、スティーブン・セガールです。彼は合気道を学ぶために日本の大阪、しかも十三というディープな場所に十年近く住んでいました。  

後にアクション映画のスターとなりますが、学んだ合気道を使って敵を倒していくスタイルは本格的な武道アクションとして人気を納めます。「沈黙シリーズ」として1990年代に活躍した大スターなのです。

十三大橋の碑文

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