やったね、日本のマンガ その2

現代マンガの創始者・手塚治虫

小学校の図書室に行けば、学習マンガと同じ棚に「火の鳥」や「ブラック・ジャック」などの作品が並んでいます。これらのマンガを描いたマンガ家の名前は、手塚治虫。

少年時代からマンガを描くことが好きだった手塚は、大阪大学附属医学専門部(今の医学部)の学生だった1946年に、赤本マンガ「新寶島」でマンガ家デビューします。まるで映画を観るようなコマ割りで展開するワクワクドキドキのストーリーが、当時の子供たちの心をわしづかみにしました。

その後、商業雑誌に進出した手塚は、「鉄腕アトム」や「火の鳥」のシリーズをはじめ、数々のヒット作を世に送り出します。それまで勧善懲悪で滑稽さが主流だったマンガの世界に、人種差別問題を盛り込んだり、生命の尊厳を問いかけるストーリーのマンガを描くことで、読者に考えさせるマンガ作りを進めました。

影響を受けたのは、読者となった青少年たちだけではありません。手塚の影響を受けて、マンガの魅力にとりつかれ、マンガ家の道を志した人たちはたくさんいます。「ドラえもん」の藤子不二雄や「サイボーグ009」の石森章太郎や「おそ松くん」の赤塚不二夫など、当時のマンガ家のほとんどが手塚の影響を受けています。

手塚の活躍は、マンガにとどまらずアニメの世界にも広がって行きます。自らアニメ・プロダクションを設立し、日本初の連続テレビアニメ「鉄腕アトム」を世に送り出したのです。(宙)

〈参考文献〉小杉眞紀,山田幸彦.(2025年).マンガ家になるには.ぺりかん社

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