○山本食堂・前・(夜)
小さな町の古い食堂。店頭に『当店は12月31日で閉店致します』の張り紙。
客を送り出している山本博信(55)。
山本「ありがとうございました。よいお年を」
暖簾を下げ、じっとみつめる山本。
山本「(ため息まじりに)終わった…」
聡子の声「白髪、増えたね。お父さん」
山本、振向くと山本聡子(25)と山本武(5)。しばし沈黙する山本と聡子。
○同・中(夜)
山本に続き、聡子、武中に入って来る。山本、紅白歌合戦のテレビを消す。
聡子「(明るく)座って…いい?」
山本「…もう、閉店やねんけどな」
聡子「武です。もう、5歳になりました」
武、恥ずかしそうに聡子の影に隠れる。
山本「年越そばしかないんやけど。お客さん」
聡子「お父さん…!」
山本、厨房に行きそばを作り始める。
山本、厨房に行きそばを作り始める。
山本「ぼうず、これ食うたらお帰り…」
武、座ってそばを食べ始める。
聡子「お父さん、どうして店閉めるの?ね、何かあったの?体?一人で大丈夫な
の?」
山本「ヤイヤイ言うな!店の金に手ぇつけて、男と出て行ったあほんだらが!」
聡子「(絶句)!ごめん…私、アホやった!あの男とは…二年前に…別れました」
聡子、涙で言葉がつまる。
山本、座って煙草に火をつけようとするが、手が震え火がつけられない。
武「ママぁ、大丈夫?おいしいよ。これ」
武、聡子にそばを差し出す。
武「これ、ママのおそばと味がする」
聡子が武を抱きしめる手、荒れている。
聡子「ママのおそばが、この味とじなの」
山本、武と聡子をじっと見つめる。
聡子「会わせる顔ないのに…ごめん」
山本、聡子の前に震える手を出す。
山本「…パーキンソン病や。手が震えてうまく使われへん。一人やと無理なんや。食
堂」
聡子「お父さん…」
山本「けど…二人やったら…、なんとかなるかもしれんな。食堂…」
聡子「お父さん!」
山本「(ボソッと)やってみるか…もう一度」
遠くで新年を告げる鐘の音が聞こえる。
(完)
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