○救急救命センター・病室棟・廊下
横田康子(55)と白衣の男性が廊下を歩いている。康子、深々とお辞儀して男性
と別れ、ある病室の前に来て、深呼吸ひとつ、勢いよくドアを開ける。
○同・病室
暗い病室内。ベッドに横田健一(59)。
入って来るなり朗らかに喋りだす康子。
康子「ごっめーん、遅くなりました。やだ、暗い部屋。ねね、これ、見事でしょ。角の田
中さんがお庭に咲いてたの切ってくれたのよ、お父さんにって。あっ、今日は恵と幸
一も、後から顔出してくれますから」
畳みかけるように喋りながら、ブラインドを上げたり、花を飾ったり、忙しく手を動
かす康子。
康子「そうそう、恵んとこの葵ちゃん、幼稚園のクリスマス会で白雪姫役だって。葵、
可愛いから。隔世遺伝かしらね。見に行く…」
口をつぐむ康子。静かになった病室に心電図の機械音だけが冷たく響く。多数
の管につながれて横たわる健一の姿。
康子「ね、久しぶりにアレ、スプーンしよ」
康子、静寂を振り払うように明るく言うが早いか、健一のベッドに滑り込む。
康子「ふふ、言い出しっぺはどっちでしたっけ。ふたつのお匙が重なるように、ぴった
り寄り添うから、スプーンって」
管に阻まれ、上手く寄り添えない康子。
康子「スプーンあっての私達よね。だって、人の温もりって饒舌だから。でなきゃ、誰
がこんな口下手な人と30年も、ねえ」
なんとか健一の横に体を収める康子。
康子「窮屈だけど勘弁ね。管が邪魔で…怒ってる? 怒ってるわよね。お父さん、無
意味な延命治療は嫌だって、昔言ってたもの」
健一から伸びる管をじっと眺める康子。
康子「喜んでね…明日、管、抜きます」
康子、笑おうとするが、溢れる涙。
○同・廊下
ドアの隙間から病室内を覗く横田幸一(29)。立川恵(31)が現れ、幸一に声かけ
ようとするが、幸一、それを制する。訝しげに病室を覗きハッとする恵。そっと場
を離れる恵と幸一。
○同・病室
康子、健一に頬を寄せ、目をつむる。
康子「今夜はずっとこうしていましょうね。お父さん、あったかい…」
康子と健一、穏やかな笑みを湛えてる。
<終> |