田中智章さんインタビュー

シナリオ・センター会員のための人間情報誌「シナリオ教室」に「大阪校だより」というコーナーがあります。このコーナーでは、現在活躍中の大阪校出身or在籍中のライターさんをインタビューを交え紹介しています。2014年2月号では映画「シャニダールの花」などで活躍中の田中智章さんにお話をお伺いしました。誌面では字数の制限により少ししか紹介できませんでしたが、「シャニダールの花」の製作秘話や、同作品を監督された石井岳龍氏との出会い、そして、ユニークな発想法など、貴重な話をいっぱいお聞きしましので、こちらに掲載したいと思います。
田中さん、ありがとうございました。

田中智章氏
Tomofumi Tanaka

2004年『月は夜空に花は根に』第8回水戸短編映像祭準グランプリ
2005年『放課後ノート』第9回水戸短編映画祭グランプリ
2005年『高気圧ガール』サンダンス・NHK国際映像作家賞日本部門優秀賞受賞
2008年文化庁若手映画作家育成プロジェクトで『花になる』を監督
現在、監督としてオリジナル作品の製作、脚本家として多方面で活躍中

 

・ 映画「シャニダールの花」を書くことになった経緯を教えて下さい。

少し長くなりますが、僕が茨城県の水戸短編映像祭で監督した自主映画『放課後ノート』がグランプリを頂き、その時の審査員が『シャニダールの花』の石井岳龍監督でした。私の作品はどちらかというと静の部分が強い作品なので、石井作品は動であり、パンクな作品が多いと勝手に印象を抱いていたので、今回の審査員の名前を知った時、この映画祭で賞は獲れないと思いました(笑)。しかし受賞後のパーティーでお話すると、石井監督も、小津や成瀬、カールドライヤー作品など狂気を持った静かな作品も好きで、僕の作品にそのスピリットを感じたと仰ってくれました。
僕はその時大阪に住んでいて、大阪から映画祭に友だちと参加していたんですが、翌日、ホテルのチェックアウトの時、また石井監督にお会いして、駅まで好意でタクシーに乗せて頂いて(笑)それでお話して、名刺交換して、駅で別れ際に「映画界は厳しいけど、これから色々作品作って企画書いたり頑張って。田中君はきっと大丈夫だから」と仰って下さったんですね。僕はまだ素人で自主映画を作っていただけの人間に(笑)それがとても嬉しかったですね。

それから数年後、ついに東京に引っ越した時に連絡したんですね。
これから頑張りますので、また何かございましたら宜しくお願いします。とご挨拶に。すると、なんと石井監督と同じ駅に偶然引っ越した事がわかって(笑)。それで食事をご馳走になって。その時、ホラーの脚本の仕事をしていたんですが、その作品の監督が福岡の映画塾で石井監督の教え子の方で…そんな色んな偶然が重なり、自分の書いた脚本を石井監督にお見せしたら、「面白かった。いつか脚本をお願いするね」と言ってくださりました。社交辞令かなと思いきや、実際、この作品のお話を頂きました。

・ 書かれた感想を教えて下さい。

「人間が、花にのっとられてしまう」という難しい題材でした。それを退治するのではなく、地球で自分たちが中心だと思い上がる傲慢な人間たちを、花が征服し、未知の世界に連れてゆく…。そういう話です。僕は、観客は恐怖感しか抱かないのでは、共感してくれるだろうか?と懸念しました。しかし、石井監督は、このストーリーを世の中に訴えたいという信念があり、6年以上かけて、実際映画化を実現した。やはり理解してもらえない観客もいましたが、女性の観客から、花に乗っ取られてもそれは、むしろ癒しであり、おだやかな気持ちになるのではという方がたくさんいたので。マーケティングとか、流行っているからとか、媚びた企画を作るんではなく、これを世の中にどうしても問いたいんだというものを作る。それをずっとデビューから繰り返し、戦ってきた石井監督の生き様を学びました。

・大変だった事や、何か制作秘話などがありましたら、差し支えのない範囲で教えて下さい。

5年もかけて、石井監督と改稿を重ねました。でも全然苦ではなかったです。石井監督は、激しい作風から怖いイメージを持つかたもいると思いますが。ものすごく紳士な方です。朝10時から夕方6時まで、近所の公民館で打ち合わせするんですが、その公民館の手配の予約も全部してくださって、朝になるとママチャリでやってくるんです(笑)。そして、朝から晩まで打ち合わせ、最近観たハリウッド映画の話から、昔のフィルムのワールの話とか、映画青年のごとく2人で話す。それで昼になると、石井監督の奥さんの手作りお弁当を食べさせて貰って…本当に贅沢な時間です。まさに映画の学校でした。
そして、まだ映画人としての駆け出しの僕の意見も、ちゃんと聞いてくれるんですね。結構偉そうなことも言いました(笑)でも絶対頭ごなしに否定しない。「そうか、なるほど…そうかもしれない」と聞いてくださる。石井監督は、強い信念を持ちながら、ものすごい包容力もある。僕は、この先辛いこともあるだろうけど、石井監督と一緒に映画を作れた事が人生のつっかい棒になりました。映画の、人生の、師匠です。

・ テレビアニメ「ドラえもん」を書かれた感想を教えて下さい。

藤子不二雄Fさんも、Aさんも、僕にとっては、ずっと観ていて空気や水のような存在でした。刺激を受けたというより、いつもあの人たちの作品が側にあって、触れる事ができていたから、自分の子供時代は救われていたし、色々夢をみられていたんだという実感があります。もし藤子不二雄さんたちがいなかったら、この日本は子供たちにとって、彩りを欠いた世界だろうなというのは最近思う事があります。
自分が書く作品も、日常に少しSF的な部分をいれる事が好きです。それはドラえもんを書いてから気づきましたが、藤子不二雄さんたちの世界観が自分の表現の根幹、感受性に多大な影響をうけていると思います。

・「ドラえもん」は昔からある人気のアニメですが、オファーがあった時どう思いましたか?

僕は月一回開かれるアイデア会議からの参加で、そこで出したアイデアが通れば、書けるというものでした。一年ぐらい出し続けて、ようやく通った末に脚本を書かせてもらいました。今も、ゼロからアイデアを考えては、採用されるのを狙う、の繰り返しです。ツライ作業です。
でも家族が喜んでくれ、甥っ子が喜んでくれるのが、それが一番うれしいです。あと『味見スプーン』という道具を考え書いたのですが、その時間のネットの検索ワードランキングで一位になって驚きました。ドラえもんの影響力のすごさですね。

・田中さんについての質問です。シナリオを考える時、題材や着想の方法などありましたら、差し支えのない範囲で教えて下さい。

その時一番自分が悩んでいる事、したい事、気になる事。また、かつての自分の姿。それらを主人公に反映したいと思っています。
昔は一日中、机に向かって書けない事がありますが、最近は、しりとり発想法。と言って。ドラえもんのひみつ道具を考える場合でも、「あ」あひる…おまるで空を飛ぶ機械。「る」ルビーの指輪…その指輪をつければ美人に見える指輪…。というように、しりとりでキーワードを出して、それから連想するアイデアを、クオリティが低くても、無理矢理でも100個出す作業をしています。そして、その中から厳選して5個選んで、そのストーリーを書く。
というような事をやるようにしました。それは長編アイデアを出す時も同じです。それは一見、デタラメなようで、自分の中の無意識が掘り出されてとてもいいですね。煮詰まる時は、大体、脳みそで自分で自分にダメ出しして、建設的でないと思います。脳が勝手にダメ出しする前に、手を動かしながら考える。それで自分の無意識を掘り出す。考えるより書け、それが大切だと思います。

・今後の抱負を教えて下さい。

監督としてオリジナル長編映画もつくりたいですし、脚本家としても、映画、TV、アニメ、など幅広く執筆したいです。
『ドラえもん』の時、甥が喜んでくれたのが嬉しかったのですが、僕はやっぱり、子供〜中高生たちが、ストレスの多い社会の中で、逃げ場所になれる作品を作りたいです。
なぜばら僕は幼少期から、引っ込み思案で、学校も家も、あまり居心地が良い場所ではなかったんです。そんな時、映画や漫画など、物語の世界が自分を守ってくれました。世の中はネットの発達や、政治、経済など様々な理由から抑圧的な社会になってきていると思います。だから、子供たちに、もっと自由でいい、色んな生き方、可能性がある、という事を伝えたい。映画や、音楽、漫画等、文化にはその使命があると思っています。

 

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