第四回 「今日もドラマちっく!」 作 上西利明
人物・・・小川鳩子(25)事務員
小川信夫(58)鳩子の父
小川哲平(20)たこ焼きや店員・鳩子の弟
鈴原ルミナ(19)哲平の彼女
森慎之介(26)鳩子の元彼氏
北川千草(25)鳩子の同僚
小川眞澄美(52)鳩子の母
@船上の高給レストラン・鳩子の回想(夜)
テーブルの上のキャンドルが着飾った小川鳩子(25)と森慎之介(26)を
暖かく映し出している。
A船のデッキ・鳩子の回想(夜)
タイタニックのように、後ろから抱きしめられる鳩子。
慎之介「待ってて欲しい」
鳩 子「・・・美味しかったね」
慎之介「ああ」
鳩 子「待てないよ、私」
慎之介「!?・・・どうして」
鳩 子「私にだってやりたいことぐらいあるんだから・・・(船の汽笛と重なって)
迎えに来て欲しい」
慎之介「・・・」
強く抱きしめられる鳩子。
鳩 子「迎えに・・・」
吹っ切るかのように、遠くまで響く汽笛の音に耳をすます。
鳩子のN「汽笛が、私を嘘つきにした」
汽笛の音が、目覚まし時計の音に変わって次のシーンへ。
B小川家・鳩子の部屋(明け方)
幼いときから使っている机の上には原稿用紙(隅に、『別れのシーン』と書かれてある)。
そこに、涎を垂らして幸せそうな寝顔の鳩子。寝ぼけたまま時計を止め、起きる。
鳩 子「(呟く)やりたいことって・・・」
ベッドに倒れ込む。
Cまるふく産業・外観(夕方)
退社する社員達。
D同・化粧室(夕方)
鏡の前、化粧を慌てて直している鳩子と念入りにしている同僚の北川千草(25)。
千 草「鳩子、慎ちゃんと別れてから無理矢理元気だよね」
鳩 子「マグロだね、泳いでないと死んじゃうって感じ」
千 草「って言うより、ポッポッポッ、鳩子ちゃんって感じ」
鳩子、鳩のように首を動かし、
鳩 子「こんな感じ?っていうよりどっちも悲劇のヒロインじゃないよ!」
鳩子、用意が出来て「よし」と言う感じで、
鳩 子「それよりさ、ちゃんと紹介してよ。いい男」
千 草「慎ちゃん待ってるくせに」
鳩 子「ドラマが欲しいの!ドラマが!」
千 草「頑張ってね、お勉強」
鳩 子「おう!」
Eシナリオセンター教室(夜)
真剣に授業を聞いている鳩子。
F小川家・居間(夜)
小川信夫(58)が台所を気にしながら、卓袱台の上のクリアーシートに入った原稿をコソコソ見ている。
哲平の声「ただいま」
ギターを肩にした小川哲平(20)と鈴原ルミナ(19)が大きな袋を手に帰ってくる。
信 夫「!?(急に新聞見たりして)おう、おかえり」
かき揚げを持って、台所から出てくる鳩子。
鳩 子「あ、おかえり!、おっ、嫁も一緒」
ルミナ「こんばんは」
鳩 子「ただいまでいいよ!、(信夫に)ねっパパ」
信 夫「?パパ」
哲 平「プレッシャーは、男捕まえてからにして下さい、お姉さま」
鳩 子「あっ!お父様の方がいいか?」
哲 平「打たれ強いよ」
信 夫「お父様か?(嬉しそう)」
哲 平「(溜息混じりに)喜んでるし」
信 夫「(照れを隠して)いいよ、俺は親父で」
ルミナ「(信夫を見つめ)お父様」
信 夫「!?(顔がゆるんでくる)」
哲 平「あれっ、母上様は?」
鳩 子「友達と食べて来るって」
哲 平「それで俺らは、また冷蔵庫の掃除」
鳩 子「たまには、羽根伸ばすってのもいいんじゃない、なんか元気だし」
哲 平「帰ってきたら、またぁ、喋り続けるよ。羽根って言うより、耳広げに言ってるね、あれは。
ダンボだよ、ダンボ」
ルミナ「お父様頑張って」
信 夫「(照れて)あ、ありがとう」
鳩 子「(哲平に)で、また、たこ焼き?」
鳩子、鼻をピクピクさせて袋の匂いを嗅いでいる。
信 夫「(ポツリ)嫁にいけないよ」
哲平、袋から取り出しながら、
哲 平「(得意げに)ノーノー、ちょっと違う。ジャアー、ジャアー、ジャアン!」
鳩 子「ソースの匂い?(考え込む)」
哲 平「それよりさ、かき揚げ大丈夫なの?」
鳩 子「あっ!」
鳩子、手に持ったかき揚げを信夫に渡し、台所へ駆けていく。
哲平、卓袱台の上の原稿を見つける。
× × ×
みんな、お腹一杯で苦しそう。
かき揚げとイカ焼きはまだまだ残っている。
テレビでは、野球中継。
哲 平「もうギブ!イカの怨念感じるよ」
鳩 子「小麦粉の怨念も。大体、新しく機械入れたからって、試し焼きのしすぎ」
信 夫「これは、卵入れない方がいけるな」
哲 平「なかなか、親父も判るね」
ルミナ「ジュジュジュって、こうイカを押しつけるの、結構病みつきになって遊んでました」
鳩 子「バ〜カ」
鳩子、時間を気にして、
鳩 子「あっ、チャンネル変えるよ」
哲 平「ちょ、ちょっと待てよ、九回最後の攻撃、一打逆転だよ」
鳩 子「(芝居がかって)哲平。お姉ちゃん、あんたが、天才イカ焼き職人の道を捨てて、
どうしてもロック・スター目指すって言い張るんだったら、どんなことがあっても応援するからね、
九時からはドラマ見せて。御願い」
鳩子、プチッとチャンネルを変える。
哲 平「ビデオとっとけよ」
哲平、プチッとチャンネルを変える。
鳩 子「テープ空いてないの」
鳩子、プチッとチャンネルを変える。
哲 平「いらないやつ消せよ」
哲平、プチッとチャンネルを変える。
鳩 子「ないの。全部大事な肥やしなの、あんたもたまにはドラマ見て、家族の絆ってのが判る、
お姉ちゃん思いの弟になってよ」
鳩子、プチッとチャンネルを変える。
哲 平「なるほど、肥やしね。(ニヤッとして)これは栄養たっぷり?」
哲平、鳩子の原稿を出してくる。
鳩 子「?」
哲平、プチッとチャンネルを変える。
鳩 子「あっ!、ちょっと」
哲平、リモコンを差し出し、
哲 平「はい、どうぞ」
鳩 子「(のって)どうも。って違うだろ!」
哲 平「やっぱり?」
鳩 子「もう!」
鳩子、原稿を奪い返そうとすると、素直に差し出す哲平。
哲 平「もう読まさせていただきました」
鳩 子「勝手に、もう!」
ルミナ「(目で読んじゃいましたと)」
鳩 子「嫁も!?・・・ひょっとして」
鳩子、信夫を見る。
信 夫「俺は、まだチラッとしか・・・」
哲 平「(咳払いして)同じアーティスト、未来のロックスター様としては、やっぱりアーティストってのは、
みんなの意見も聞かないといけないと思うわけで。やっぱりマスターベーションじゃ、いけないでしょ」
鳩 子「・・・それで、どうだったのよ?」
鳩子、プチッとチャンネルを変える。
哲 平「う〜ん。姉ちゃんがあんなにロマンチックな恋をしてたんだと思うと、意外な一面を見たって感じ。
うん、めげずに頑張ってって感じ」
鳩 子「それで感想は?」
哲 平「う〜ん。(動揺している鳩子の顔を見て)生殺しのままにしておくのもいいかな〜」
ルミナ、ちっちゃく手を挙げている。
鳩 子「ルミナ様」
ルミナ「もう一つの方の、レイプされるシーンって、女としてなんか嫌です」
信 夫「!?レイプ!」
信夫のリアクションに鳩子・哲平・ルミナ唖然。
信 夫「そ、そんなことしてるのか?」
鳩 子「書いてるだけだよ」
哲 平「親父、なんか勘違いしてない?」
信 夫「・・・知ってるよ、俺も男だから。母さんが遅いときとか、ビデオで。でも見たことはあるけど、
なんだ、俺もなんか嫌だ。そ、それをお前」
テレビから、逆転ホームランのアナウンスが重なる。
鳩子・哲平・ルミナ「・・・(吹き出す)」
哲 平「『渡る世間』には、悪魔は出てこないもんな」
信 夫「・・・」
鳩 子「あのね、すごい心配してくれて嬉しいんだけど、ちょっと違う。説明する」
そこに、小川眞澄美(52)が帰ってくる。
眞澄美「ただいま」
信夫以外、笑いが止まらない。
鳩子・哲平・信夫「おかえり」
ルミナ「お邪魔してます」
眞澄美「遅くなってごめん。ちょっと、あんたのとこ、イカ焼き始めてたよ。だからはい、お土産」
信 夫「えっ!」
鳩子・哲平・ルミナ、一層笑いが止まらない。
G鳩子の部屋(夜)
原稿を前に、ボォーっとしている鳩子
H居酒屋・鳩子の回想(夜)
鳩子と慎之介が食事している。
シーン@とオーバーラップして。
I近所の公園・鳩子の回想(夜)
シーンAとオーバーラップして。
慎之介の胸を、涙目で叩く鳩子。
鳩 子「待てないよ」
J鳩子の部屋
幸せ一杯の寝顔。
(終)
