2016年5月 楽しくシナリオ道場
課題「ハートをみごとにホールインワンするセリフ」
7枚シナリオコンクール 光ってる★シナリオ賞 最優秀賞

螢の戀 作:北川由美子(79期生)

浅沼千鶴(22) 片桐義勝の婚約者
片桐義勝(26) 浅沼千鶴の婚約者
田辺松蔵(57) 赤紙配達人

○荒れ果てた郊外の村 (夕)
   片桐義勝(26)が、古い木造住宅の入り口で、田辺松蔵(57)から赤い紙を手渡されている。
田辺「召集令状のお届けです」
   田辺から手渡された召集令状を、片桐は目を伏せじっと見つめる。
片桐「とうとう、僕にも……」
田辺「義勝君も遂に出征か。そう言やぁ、君は嫁取りも控えておったね。こうなっては、祝言を急がなければならんなぁ」
   片桐は辛そうな表情で、口角だけを上げ曖昧な笑みを見せる。

○同・畦道 (夜)
   畦道の周囲には、荒れた田畑が広がっており、右手には、小川が流れている。
   数匹の螢が飛び交う中、片桐と、その少し後ろに浅沼千鶴(22)が歩いている。
千鶴「急なお話とは何でしょう」
片桐「実は、今日赤紙を受け取りました」
   千鶴は息をのみ、片桐を見つめる。
片桐「なので、単刀直入に申します。婚約は、無かった事にして頂きたい」
千鶴「お帰りを…… お待ち致しております」
片桐「いや、連日の空襲に配給の停滞。誰が見ても戦況が思わしくないのは明らかです」
   片桐は、険しい表情で千鶴を見つめる。
片桐「この状況での出征。僕には、帰る約束が出来ない」
千鶴「それでも私は」
   片桐は強い語調で、千鶴の言葉を遮る。
片桐「夫婦になってしまえば、君は僕の帰りを待つでしょう。戦地から帰らぬ僕の帰りを待ち続けるのでしょう」
   片桐は、光の軌道を描いて飛んでいる一匹の螢を指差しながら、千鶴を見る。
片桐「この螢を御覧なさい。この儚い光を。命の火を燃やせるのは、ほんの束の間。君も、その時間を無駄にしてはいけません」
千鶴「私を…… 私を螢にお例えなら…… どうしてこれが儚い光に見えるのでしょう」
   千鶴は螢を捕まえ、両手の中に閉じ込める。千鶴は片桐に近づき、片桐の目の前で両手を開く。
   螢は、千鶴の掌の上で何度も光を点滅させる。
千鶴「これは、あなたを想って身を焼く炎。消そうと思っても、消せはしません」
   螢が光を点滅させながら、飛び去る。
   千鶴は、片桐を縋るように見つめる。
千鶴「我が身を焦がす螢を哀れと思われるなら、どうか、あなたを待つ事お許し下さい」
   片桐は苦しげに、千鶴から目を背ける。
片桐「君はどうあっても、ここで僕を待ち続けると言うのか」
千鶴「いいえ。いいえ! いつまでもお待ちは致しません。お帰りにならないその時は」
片桐「その時は?」
千鶴「私があなたの元へ参ります。身の内で燃え盛るこの火に焼かれ、焦がれ死にして、きっと、きっとお側へ参ります」
   片桐の表情が歪み、堪え切れない様に、一歩、千鶴に向かって踏み出す。
   その足元から光を放つ螢が一斉に飛び立つ。
片桐「君には、幸せになってもらいたかった。なのに、突き離せない僕を許してくれるか」
千鶴「既に、覚悟は決まっております」
   螢の光に照らされながら、千鶴は片桐を見つめ淡く微笑む。
   片桐は、そんな千鶴の目から溢れる涙を優しく拭う。