大根 作:松本和子

 その大根は女の形をしていた。

 

 半年前に妻に先立たれ、この家に独り残された私にとっての生きがいは、妻が遺していった、この家庭菜園を手入れする事だけだった。

 他の野菜に紛れて顔を出した大根は日に日に大きさを増していき、いよいよ畑から引き抜くと、その勢いで大根を抱きかかえたまま尻餅を着いてしまう程だった。

 そして、土に埋まっていた部分を見ると中央より少し上のところ、左右に腕のような根っこが生えており、その間に二つの膨らみがある。女の乳房のようにも見える。下へいくと先端が人の足のように二本に分かれて、すっと伸びていた。太腿に当たる辺りが、白くふっくらとしており、後ろへ回して見ると、太腿から繋がる二つの膨らみが、真ん中に影をつくり、艶やかな尻のように見えた。

 

 私はその姿形に軽く吹き出して笑った。初めのうちは写真を撮って、社内の部下達に見せようかなどと考えていたが、眺めているうちに、目の前の大根が妻の生まれ変わりのように思えてきた。

 私がその身体から丁寧に土を洗い流してやると、透き通るような白い肌が露わになった。タオルで水気を吸い、ベッドに座らせた。ちょこんと佇むその姿がなんとも愛くるしかった。

 その日から私は毎晩、彼女を抱いてベッドに横たわるようになった。ひんやりとして滑らかな抱き心地は私をほうっと安心させ、これまでの眠りにつくまでの困難さが嘘であるかのように、あっという間に深い眠りへと誘うのだった。

 そんなある日、会社の者たちと酒を呑む機会があり、私は久しぶりに酔ってしまった。記憶も曖昧なまま、なんとか自宅に辿り着き、そのままベッドに倒れこんだ。

 その夜、私は女性と交わる夢を見た。相手は元気だった頃の妻のようでもあったし、また他の誰かのようでもあった。

 朝、目覚めると大根は酷くくたびれたように私の腕の中で横たわっていた。私は慌てて流し台に彼女を連れて行き、汚れを洗い流し、足の部分を水に浸して置いたまま、会社へと向かった。

 

 帰宅すると、一人娘が大学の休暇を利用して里帰りしてきていた。

 そして、テーブルの上に大根の煮つけが用意されていた。

「変わった形の大根が獲れたのね。穴も空いてたし、萎び始めていたから使ったよ」

 娘は旨そうに煮つけを平らげた。

 私は箸を付ける事が出来なかった。

 しばらく経つと娘は気分が悪いと言って嘔吐を繰り返し、下腹部に手を当てた。

 つわりか?

 私の大根を勝手に食うからだ。