2011年大阪校大阪校わいわいクリスマスパーティ
課題「幸せの一瞬」
大阪校20枚シナリオコンクール佳作

春一番 作:水村 節香(第56期 作家集団・長編研究科)

高瀬由理(ゆり)(15)(5)中学三年生
高瀬彰宏(あきひろ)(42)由理の父
高瀬祥子(しょうこ)(28)高瀬の再婚相手
榊 慶介(15)由理のクラスメート
高瀬家菩提寺住職
高瀬久美子(27)由理の母(故人)
高瀬咲希(さき)(新生児)高瀬と祥子の子
気象予報士(声のみ)

○高瀬家・居間(朝)
庭に続く硝子戸脇のテレビから情報番組が流れ、真中にベビーベッドがある。
高瀬由理(15)、高瀬彰宏(42)のかける掃除機の音を煩そうに入ってきて、
由理「朝早くから、何なの」
高瀬「由理、おはよう。今日、祥子らが退院してくるから、念入りに掃除しとかないと」
答えない由理、ベビーベッドを見て、
由理「あ、ベッドの中にゴキブリ」
高瀬、大慌てでベッドに向う。
由理「ウソだよ」
高瀬「(腹に据えかねて)由理!」
由理、居間から続く食堂に向う。

○同・食堂(朝)
由理、グラスのジュースを飲み干す。
高瀬、やってきて、
高瀬「今日は、学校も昼までだろ? 祥子たちも退院してくるし、早く帰ってこいよ」
由理「普通、赤ちゃん産んだら、実家に帰るんじゃないの? 受験生だよ、わたし」
シンクに向かう由理、蛇口を捻る。勢いよく流れ出す水。
由理「泣いて、煩くて、試験に落ちたら、お父さんたちのせいだからね!」
由理、グラスを洗い水切りに伏せる。
高瀬「落ちるのは、自分の責任だろ。それに何も全寮制の秀栄館高校でなくても
いいじゃないか。どうして秀栄館なんだ?」
由理「いちいち理由がいる? 行きたいところに行かせてくれればいいじゃないっ!」
高瀬「(ムッと)とにかく、早く帰ってこいよ」
由理「わけ、ワカンナイ!!」
由理、部屋から出ていく。
玄関の扉が、強く閉まる音が響く。

○夕陽丘中学校・体育館
壁際に立つ由理、榊慶介(15)が、バスケットゴール板に向って、ドリブル、
シュートを繰り返すのを見ている。
榊「超難関の秀栄館、受けるってマジ? 何も全寮制のところに行かなくっても……」
由理、転がってくるボールを拾って、
由理「合格すれば、家を出れるじゃない」
榊「家を出るために、受験するのか?」
由理「悪い? 新しい家族の中で、わたしの居場所なんかあるワケないじゃない!」
榊「それって、逃げてるんじゃないか?」
由理「逃げてなんかいないわよ」
榊「オレみたくインハイ目指すとか、こう純粋でポジティブな動機じゃなくてさ、志望
の動機が反抗心って、不純じゃねぇ?」
由理「……」
榊「それにさ、居場所をなくさせてるのは、案外、高瀬自身じゃないのか?」
由理、ボールを強く榊に投げつけ、
由理「わかったような口、きかないで!」
扉に向かって走る由理の鞄で、二匹のイルカのマスコットが激しく揺れる。

○ 墓地
花と水桶を手に歩いてくる高瀬と、高瀬咲希(0)を抱いて歩く高瀬祥子(28)
高瀬「何も退院の日に来なくてもいいのに」
祥子「家に帰る前に、久美子さんに由理ちゃんの妹を紹介しておきたかったの……」

○走る電 車・中
扉に凭れて立つ由理、通学鞄のマスコットに目をやる。

○(由理の回想)高瀬家・居間
T・十年前。
ランドセルに握り拳大のフエルト地のイルカをつけている高瀬久美子(27)
を見つめている由理(5)。
由理「おかあさん、それ、なあに?」
久美子「春から小学生になる由理が、事故とかに遭わないためのお守り。ほら、
できた」
二匹のイルカを揺らしてみせる久美子。
(回想 終わり)

○ 元の走る電車・中
由理、マスコットを握り締めて呟く。
由理「で、お母さんが事故に遭うなんて……」
由理、コツンと額を車窓にあてる。

○ 墓地
住職、竹箒の手を止めて、
住職「お母さんのお参りですね」
花の入った水桶を手に歩いてくる由理、住職に会釈して、歩いていく。
会釈を返す住職、竹箒を動かし始める。由理の足が、止る。
由理「そこで、何、してるのよ!」
由理の視線の先で、墓に手を合わせていた高瀬と祥子、驚いて由理を見る。
高瀬「咲希を久美子に紹介していたんだ」
由理「お母さんには、関係ないじゃない!」
高瀬「関係ないことない! 家族じゃないか」
由理「死んだお母さんは、違うじゃない」
高瀬「何が違うんだ? お前も久美子も」
由理「(遮って)お父さんは、祥子さんとその子と、新しい家族を築いたら、いいじゃ
ない! わたしのことは、放っておいて!」
高瀬「放っておけるか!」
由理「……」
高瀬「どうして、お前を放っておける……?」
由理「……」
高瀬「お前は、知らんことだが……」
祥子「彰宏さん、それは(言わないで)」
高瀬「いや、言うよ。祥子は、ここでいつも……、お前のことを久美子に話してる」
由理「……。どうせ、悪口でしょ」
高瀬「久美子にお前の悪口を言ってどうする! 久美子が心配するだけじゃないか」
由理、通学鞄のマスコットを見る。
高瀬「小さい子を残して逝った久美子は、心を残しているだろうから、久美子が見る
ことのできないお前のことを話してるんだ」
由理「そんなことして貰わなくても、お母さんは、わたしをいつも見てくれてるのっ!」
高瀬「なあ由理……、素直になって、新しい家族を受け入れる気持ちを持ってくれよ」
由理「うるさい、うるさい! うるさいっ!!」
水桶を手離す由理、踵を返し走り去る。
倒れた水桶から、散らばる花。

○菩提寺境内
大欅の下で竹箒を手にする住職、走ってくる由理を呼びとめる。
立ち止る由理の鞄で揺れるマスコット。
住職「二人のお母さんに見守られている由理ちゃんは、幸せなことなんですよ……」
由理「え……」
一陣の風が吹き、木々が大きく揺れる。
由理の髪を乱して、風が吹き抜ける。

○高瀬家・玄関・前
車から咲希を抱いた祥子が降りてくる。
高瀬、郵便受から、郵便物を取出して、
高瀬「まだ、帰ってないのか……」
歩いてくる靴音に、祥子、振り返って、
祥子「由理ちゃん!」
由理、祥子に抱かれた咲希に目をやり、
由理「……あんた、最悪だね」
高瀬「(怒って)由理!」
由理、鍵を開けて中に入って行く。

○同・由理の部屋・中
階下から咲希の泣き声が聞こえてくる。
苛立たしそうに問題集を解く手を止める由理、通学鞄のマスコットを見る。
×      ×      ×
(フラッシュ)
住職「二人のお母さんに見守られている由理ちゃんは、幸せなことなんですよ……」
×      ×      ×
由理、マスコットを手に取る。
×      ×      ×
(フラッシュ)
榊「それにさ、居場所をなくさせてるのは、案外、高瀬自身じゃないのか?」
×      ×      ×
なお大きく聞こえてくる咲希の泣き声。
由理、バンッと机を叩いて立ちあがる。

○同・居間(夕)
テレビが夕方の情報番組を映している。
ベッドの中、激しく咲希が泣いている。
入って来る由理、ベッドを覗き込む。
由理「見事にお父さんに似て、最悪だね……。祥子さんに似たら、可愛かった
のに……」
由理、咲希の枕元に金具を外したイルカのマスコットを一つ、そっと置く。
咲希が、泣き止む。
由理「……。あんたにも二人のお母さんじゃないと、フェアじゃないから……。
テレビの音、うるさいね、消そうか」
テレビに向う由理の足が止まる。
そこに洗濯物をとりこんだ高瀬と祥子が、立っている。
由理「何、してんのよ!」
高瀬「洗濯物をだな、とりこんで……」
由理「見れば、分るわよ! 咲希があんなに泣いてたのに、放ったらかしてどう
するの」
祥子と高瀬、顔を見合わせ嬉しい顔。
由理「何よ、何がおかしいのよ!」
咲希に向かう祥子、ベッドから咲希を抱き上げると、由理の側に立つ。
たじろぐ由理、一歩下がる。
洗濯物の入ったカゴを持ったままやってくる高瀬、由理の肩に手を添える。
バツ悪い由理、咲希の頬に指を当てる。
笑う咲希に、由理の顔が綻ぶ。
由理、高瀬、祥子と咲希を、差し込む夕日が包む中、テレビからの気象予報士
の声が、被って―。
気象予報士「今日は、全国各地で春一番が観測され、春の訪れを告げました」