2011年大阪校大阪校わいわいクリスマスパーティ
課題「幸せの一瞬」
大阪校20枚シナリオコンクール佳作

ねむの木の子守歌 作:西 史夏(第62期 作家集団)

村山海(5)(21)看護師
村山雅夫(30)(46)海の父
村山静(25)村山の妻
小川直己(なおき)(25)海の恋人。インターンの医学生。
大木実(46)漁師。
大岩タツ(70)入院患者
ハルカ(4)

医師たち
看護師たち
子供たち

作中歌「ねむの木の子守歌」
美智子皇后陛下作詞
山本正美作曲

○神戸市・遠景(夜)

○同・長田辺りの雀荘(夜)
麻雀に熱中している村山雅夫(30)。

○同・長田荘・全景(夜)
住宅密集地の一角。静が歌う「ねむの木の子守歌」が重なる。

○同・村山家・寝室(夜)
村山海(5)を寝かしつけている村山静(25)。
海「(たどたどしく歌う)ねんねのねむの木ねむりの……(詰まって)うーん、お母ちゃん
歌とて」
静「(微笑んで歌う)ねんねのねむの木ねむりの木/そっとゆすったその枝に/遠い
昔の夜の調べ/ねんねのねむの木子守歌」
眠りに落ちていく海。

○雀荘(早朝)
だらしなく眠っている村山。
カレンダー付時計、1月17日5時46分。轟音と共に激しい揺れが襲う。飛び起き
外に出ていく村山。崩れた建物の向こうに火の手を見つける村山。
村山「静……海……!」
駆け出していく村山。

○アパート周辺(朝)
凄まじい火の手。逃げていく人々に逆らい、火の方へ進んでいく村山。
崩れ落ちた「長田荘」の看板。瓦礫になったアパートが燃えさかっている。
村山「どこだ!静!海!」
海の泣き声。村山、瓦礫を素手で取り払う。海の小さな手。さらに瓦礫を取り
除き、海を引っ張り出す村山。村山、泣きじゃくる海を抱きしめ、
村山「お母ちゃんは、中か」
頷く海。降りしきる火の粉。村山、海を抱えると雑踏の女を捕まえ、
村山「この子を、頼む」
女「あんたは」
村山「妻が、中に……!」
女「いったらアカン!」
女を振りほどき、火の手に向かう村山。
海を抱え、火事場から逃げる女。
海「お父ちゃん!お父ちゃん!お父ちゃん!」
泣き叫ぶ海。

○神戸市・総合病院・全景
T.16年後。

○同・大部屋
大岩タツ(70)が、TVを見ている。
東日本大震災のニュース。津波に襲われ、瓦礫になった町の風景。注射針を
持った海(25)が震えている。
タツ「(不審そうに)……」

○同・給湯室
うずくまり、震えている海。
白衣を着た小川直己(25)が、慌ててやってくる。
小川「……海!」
小川、海を抱きしめる。
海「こんなところ……見られたら」
小川「ええんや。平気か……海」
海「TV見てたら、急に息が詰まって……」
小川「PTSDや……外傷後ストレス障害。ハウスで教えてもろたやろ」
海「まさか、こんな風になるやなんて……」
小川「今日は、俺の家に来たらええ」
海に、鍵を渡す小川。

○マンション・小川の部屋・玄関~居間(夜)
一人、TVのニュースを見ている海。東日本大震災の報道。小川が帰って来る。
小川、TVの電源を消し、
小川「あかんやないか、また……」
海「ごめん、直己もつらいのに……」
小川「俺は大丈夫や。外科医の卵やで」
海「私は、看護師失格……」
小川「休んだらどうや、しばらく……」
海「うん。そないしよと、思てる」
小川「なんやったら、このままやめて、永久就職でもええんやで」
海「やさしいな……直己は」
小川「お互い天涯孤独の身や。俺も、海が支えてくれへんかったら、どないなって
たか……」
写真立てを手にとる海。「あしなが育英会ハウス」の前に並ぶ子供たちの集合
写真。写真を胸に抱く海。
海「……私、行こうと思うの」
小川「どこへ」
海「東北」
小川「……どういうことや」
海「落ちこぼれでも、一応看護師や。きっと役に立つ……それに」
小川「……行方不明の、お父ちゃんか」
海「……テレビ、見てて思った。奇跡的に助かった生存者……100%のうちの、1%」
小川「……どんだけ訪ねた。探して探して探しまくって、それでも見つかれへんかった
やないか。これ以上続けても、海の傷を抉るだけやで」
海「……お父ちゃんとお母ちゃんの故郷も、瓦礫と火の海になっとう。お父ちゃん……
生きてたら、きっと助けにいってるはずや」
小川「万に一つやないか、そんな空しい希望……。俺は、海を守りたいんや」
海「ごめん直己、でも……」
小川「(海を抱きしめ)俺はな、自分の大切なもンを、もう絶対壊されとうないん
や……」
海「直己……」

○同・寝室(深夜)
小川の眠るベッドを抜け出す海。
枕元にメモ。「必ず戻ります。海」

○岩手県・合歓の木町・小学校・校庭
高台から、瓦礫と化した海辺の町を見下ろしている村山雅夫(46)。
大木実(46)がやってくる。
大木「悔しいのう、あの大津波が船も家も命も、何もかも浚ろぅて行きくさった」
村山「いや、まだ生きとる……。(一本の木を指さし)ねむの木や」
大木「一本だけに、なってしもたのう。夏には、赤い花をざーっと町中に咲かせ
よった。あの夏は、戻ってくるかのう」
村山「ああ、取り戻したる。それが、阪神大震災で女房も娘も守れンかった俺の、
せめてもの償いや」
村人の声「村さん、手伝ってくれや」
村山「今行く」
声のほうへ走っていく村山。
すっくと立っているねむの木。

○同・体育館(避難所)
医師団の引継ぎミーティングに参加している海。
医師「感染性腸炎が増加傾向です。また、インフルエンザの患者がいたら、流行を
防ぐため、速やかに教室に隔離するように」
看護師たち「はい」

○同・教室
「インフルエンザ患者室」の張り紙。子供たちばかり、布団に寝ている。
患者に薬を飲ませていく海。
ハルカ(4)、海の袖をつかんで、
ハルカ「行かないで……」
海「お母さんは?」
ハルカの目に、みるみる涙が溢れ出す。
海、ハッとして、
海「(ハルカを抱きしめ)……ごめんなさい」
ハルカ「……お歌、うたって……」
海「う……歌?」

○同・校庭
懸命に物資を運んでいる村山。
海が歌う「ねむの木の子守歌」が聞こえてくる。驚き、声へ視線を送る村山。

○同・廊下~教室
足早に来る村山、廊下の窓から教室を覗く。子供達の中心で海が歌っている。
海の歌「故里(ふるさと)の夜のねむの木は……今日も歌っているでしょか……」
同じ歌詞を口ずさむ村山。
村山に気付き、廊下に出てくる海。
海「(不審そうに)何か……」
村山「いや……。昔、連れあいが、娘にこの歌を聞かせてたこと、思い出して……」
目を伏せ、目頭を拭う村山。
海「(覗き込むように)……昔、娘さんに?」
村山「はい、幼い娘によく歌ってました。それが阪神の大震災で……。神戸の長田や
ったもんで、火の海の中、別れたきり……生きていてくれればとそればっかり……」
海「神戸の……長田!」
うなずく村山。
海「私の両親も長田で……父は、村山雅夫。母は静。どこかで聞いたことありま
せんか」
村山「……海……?あなたの名前は、村山……」
うなずく海。
村山「……(呟くように)海」
海「(静かに)お父、ちゃん?」
村山「海なんか?」
大きくうなずく海。
村山「(叫び)海!」
海「お父ちゃん!」
大きく手を広げる村山の胸に飛び込む海。その、涙でぐちゃぐちゃの笑顔。
ストップモーション―
静の、ねむの木の歌声、かぶって―
×   ×   ×
花盛りのねむの木、陽光で輝いている